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今風ラグナロク

 こんにちは、suavisです。
 心機一転、新しいどこかのラグナロクアンテナサイトにでも登録してみようかと思った。 しかし、アンテナサイト様ではサーバーごとに区分けされた表示になっている。わたくしにはその肝心の「所属サーバー」がない(´・_・`)。
 しかしもっと驚いたのは、すべてのサーバーが見知らぬサーバーであることだ!人口の過疎化による「鯖統合」であることは察しがつきますが、もしや全部が全部、かつてのサーバーがなくなってしまっているとは夢にも思わんだ。文字どおり浦島太郎です。この感慨は言葉に尽くせない。
 今もアイリスぐらいはあるだろうとタカをくくって一生懸命書いていた自分が一瞬惨めに思えた・・・。
 度重なるアップデートで出来上がった今風ラグナロクの前では、わたくしが書いていたラグナ感性はいじましく思える。旧式とまさしく言っていいでしょう。読み解ける人はめったにいなそう。

 ラグナロクは逐次アップデートされているのだから、必然的に「今風」しかないのに、というツッコミはなしです。
09 : 20 : 59 | ラグナロクオンライン2003~2008 | トラックバック(0) | コメント(1) | page top↑

「14年前のフェイヨン復活」

 こんにちは、suavisです。
 ラグナロクのポップアップ広告が「14年前のフェイヨン復活」を知らせてくれます。14年前? 2005年です。ちょうどわたくしがラグナロクをプレイしていた時期と重なります。
 あの頃のフェイヨンの何かがそれから色々変わり、また当時のフェイヨンを再現してくれる趣向なのでしょうか。詳細は知りません。
 昭和の商店街を再現したアミューズメント施設がありますよね。昭和を知らない人にとっては、新鮮に映るかもしれませんし、懐かしいなと感慨深くなる人もいるでしょうけど、へっ、エセ昭和、としか感じられない年配の方もいるかもしれない。
 ラグナロクはそれ自体がアミューズメントパークみたいなものなので、そうとやかく文句をつける酔狂な御仁もいないでしょうが、私は思います。あの頃のフェイヨンはないだろうと。
 このような「復元、復刻」が試みられるように、ラグナロクもバカにできない過去と歴史が蓄積されたゲームとなりました(まだラグナが続いていること自体がわたくしにとっては驚きですが。久方ぶりにこのゲームの情報に接して、まだ続いているのかよ、と思いましたもん。)またその蓄積を生かせる稀なゲームといった印象です。だから、この「フェイヨン復活」に食いついたわけです。

 転生の、そのまた上に何やらわたくしの知らない職(三次職)ができたようですね。知らない街やダンジョンもたくさんできているでしょう。

 また記事をアップし始めた当ブログの主旨として、ラグナロクの昔を知るプレイヤーが読んで楽しめる文章でも書きたいなあと。
 ここ数年でゲームを始めた方にとっては、読んで、こんなことがあったんだな、と昔のラグナロクの知ってもらえれば。役に立たないものを読むより、プレイしているほうがはるかに楽しいことは認めますが(汗。
 学校のお勉強の似てるな、と自分でも思う。学校では過去の色々なことを学ばされるでしょう。そんな役に立たないことに時間を費やすより、まさにゲームでもして遊んでたほうがはるかに楽しい。

 今現在のラグナロクには全く持って無知ですが、昔のことは知っています。距離を置いてこそ、書けることもある。
08 : 37 : 03 | ラグナロクオンライン2003~2008 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑

ラグナロクオンラインにおける性別 男性アカウントと女性アカウント

 私は男性アカウントではじめました。ビジョウは男垢です。

 フェンリル以降はずっと女性アカウントでゲームをしていました。

 どうして女垢にしたか。
 再開するにあたって、ソロプレイで楽しもうという漠然とした方針を持っていました。それには女垢のほうがいいだろうと。蔓延しつつあるBOT、無所属の男騎士はいかにもという感じを与えていました。それが教訓として念頭にあったのです。ビジュアル的に女性キャラは可愛い、というのはもちろんありましたが。
 しかし男の私が、いざアカウント作成の段階で女性を選択するにはドキドキしました。

 このゲームの前に遊んでいたプリストンテールでは、性別は職業ごとに固定されていました。ファイターも、マジシャンも、ナイトもパイクマンも男キャラです。女キャラはプリーストとアーチャーしかいませんでした。一緒にやりはじめた友達は、男なのになぜかプリーストを使っていました。ネタでやっているだろう、という感じです。が、他のプリーストは、ぼんやり女性が使っているだろうな・・・と素朴に思っちゃいましたね。それで違和感がない口ぶりですもの。仲良くなったプリーストさんと、実際に会う機会に遭遇しましたが、キャラのイメージと違わぬ可愛いらしい乙女でした。

 ところでラグナロクオンラインでは、「ネカマ」が存外多いことを耳にする。だからいいだろう、という反面、「下半身直結厨」のような物言いになりますが、自分が女性キャラだと女友達なんてできないだろうな、とためらいもした(正直ですね)。 
 いざこれでゲームをはじめてみますと、かよわき乙女にでもなった気分です。それまで口説かれると言うか、セクハラというか、男キャラが女キャラに下品とでも言えるおちゃらけた言動をかい間見てますので、自分もそんなこと言われるのかな、と不安になった。ちゃんとノリにそった受け応えができるのか? たとえば無所属の女アコさんが臨時に来れば、当然のようにギルドに口説かれるシーンを目撃しますもんね。
 長く続けたサラでは、結局護身用と思って、自分のキャラだけが所属するギルドを自分で作りました。
 女性キャラで堂々とギルドに所属していたのはアイリス、サマル教授の時です。まあ、このギルド、男キャラがほとんどいないようなギルドだったので全く違和感はありませんでしたが。

貴重なセージ時代SS
(2007年の記事からの使い回しSS(汗)

 特に言い寄られる代表格が♀プリさんですよね。彼女達にたいして、♂騎士か、♂アサシンが絡みます。中の人がどうあれ、画面に写るキャラ姿にまかせた言動を率先しているのでしょう。Vit騎士はVit騎士らしい態度をしてくれておもしろい。「中の人がどうあれ」とは書きましたが、キャラ選択もプレイヤーの性格が反映されます。Vit騎士さんを選んだ人は、その素質があったと言えるのでしょう。
 何気にいやらしい雰囲気を醸し出すのが♂プリですかね(とくに♂ハイプリさん)。♀キャラに自然と近づけるというか。たとえば♂プリさんと♀騎士のペアを見たら絵になりますもの。
13 : 27 : 34 | ラグナロクオンライン2003~2008 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑

2003年12月

各地に誕生するノービス・・・短剣でブパを突っついてみる・・・ただの石、ゼロピーを拾ってみる・・・空きビンを30、40本集め、街中でチャットを立てる。「売)空きビン」。・・・控え目に正座する、その健気な姿に心打たれた通行人が・・・

                                       「ラグナロクオンライン歴史辞典2003-2008」ノービスの項より



 2003年12月の年末、ビジョウのイズルードに、新たなプレイヤーが現れた。そのノービスは、何を隠そう私であります。この年末をどう過ごそうか、ラグナロクオンラインでもやってみようかな、と思った私でありました。
 橋に佇む剣士さんに、「これから何をすればいいですか」と話しかけました。
 転職ですよ、転職、と当時の自分に言ってやりたい。
 その剣士さんと私が雑談している最中に、ウィザードが突然やって来ました。 同じギルドエンブレム、その剣士さんが呼んだのであろうと察しがつきます。見た目と相まって、博識そうな魔法使いさんです。
 あれよあれよというまに、初心者の私に対して、いわゆる「養殖」がはじまりました。
 剣士さんが野にいるポポリンをプロボックでおびき寄せ、魔法使いさんがクァグマイアをかける。その沼の上で、ノービスたる私は、剣士さんにひっつく緑のスライムを手持ちの短剣でただ突く。
 一突き、一突きクリックしていたような気がします。
 魔法使いさんが、ぎこちない動きで察したか、攻撃の自動継続の仕方を教えてくれる。
 あら、不思議、ポポリンがどこに動こうとマイキャラは追尾しながら攻撃を続けるようになった!
 転職可能なジョブレベルまで上げ、晴れて剣士となるまで、お二方は付き合ってくれました。その流れでギルドにも加入。
 私のラグナロク初日は、こうして終わりました。

 今のビギナーの方はどんな入り方をするんでしょうね。
 そして、かつてのビギナーは、どういった風にノービス時代を過ごすのが主流だったか。
 私はポポリンを叩きましたが、普通はノービスにポポリンは倒せない。
 まず空きビンが高値で売れるなんてことも知らない。
 リアル知り合いに導かれて、ゲームシステムを覚える人が多かったのでしょうか。

 2003年の年の暮れ、剣士となった私が、イズDでソロプレイしていたことが鮮やかに思い出されます。風属性の武器を、たしかお下がりで貰い、その武器が有効に使える場所はイズDだと教わったのでしょう。
 ハエ飛びによる狩りなど知らず、少量のミルク片手にまさに冒険といった趣で海底を恐る恐る歩いていたかつての自分がいました。ミルクがぶ飲みも当然知らない、というか使うのはもったいない、緊急用。剣士には「HP回復向上」があります。けっこうのんびり回復するまで座っていたように思います。海中の景色を満喫していたようです。年末年始は暇だったので、けっこう集中してプレイすることに。面白いじゃん、と。
 お金は惜しいけど、このゲーム続けてみようかな。
10 : 52 : 31 | ラグナロクオンライン2003~2008 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑

人口

サーバーごとに人口のばらつきがありました。・・・人口は、サーバー選択画面の一番下にあるサーバーが最も多かった・・・自分のサーバーの人口が減っていくのを見るのは辛い・・・街中の群衆の数はものの見事に違う・・・

                                        「ラグナロクオンライン歴史辞典2003-2008」人口より



 ビジョウの最盛期は4000人を超えていました。2004年頃。そこから下り坂になっていったような気がします。フェンリルで再開した一因でした。フェンリルのほうが人口は多かった。

人口感覚
1000   非常に少ない
2000   少ない
3000   ギリギリのラインか
4000   いい
5000↑   多い

 新規鯖のヴェルダンディが四桁を割っていました。
 体感では4000を下回るとプロの人混みも寂しく見えることもありました。
 サラは4200人~4300人前後を推移する賑やかなサーバーという印象でしたが、だんだん4000を割ってしまうようになっていった。ビジョウは2000台で落ち着くサーバーになりました。3000まで回復することはとうとうなかったと思います。
 プロの人混みをストレスなく歩き回れるかはパソコンの性能と関係があった。人口の多いサーバーほど、低スペックPCには辛いそうです。
 人口が多くて満足に動けないから、少ない方が快適、といった考えとは無縁で済むことができた私ではありますが、ラグナロクをやっている最中、ラグナロクの動作環境を考慮したPC買い替えをしたことがありましたね。(ぐらふぃっくぼーどとやらに特に注意を払いました。)
 人口が減っていくと、みんな飽きたのかなと水を差されるような気持ちにつながってしまうですよね。多いほうがいいという考えも、そのへんから導き出されます。
 とうとうアイリスでやりはじめたのもそんな機微が働いています。私がいた頃はまず5000を下回ることがなかった。
 移住する前、ロキ、ケイオス、アイリスの最古3鯖は、すでに「やりこみ」を極めた人達の巣窟といったイメージがありました。「格差」がひどいというか。「廃装備」をひけらかすのが当然の楽しみ方、いまさらの新規参入者はお呼びではない、そんな悪いイメージ。
 しかしそれでも城外プロ南には感動しました。人がいるいる。当り前のように城外にまで人が溢れている光景はアイリスだけでした。移住当初は軽いカルチャーショックさえ覚えた。
 ビジョウが4000人を超えていた頃、たしかアイリスなど最古鯖は万に達する勢いの9000台だったとおぼろげに覚えています。ここまでいくと恐ろしい気もしますが!どんなプロ市街となっていたのやら・・・。
09 : 21 : 57 | ラグナロクオンライン2003~2008 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑

年表を見て

転生実装以前の臨時が甦る。
監獄、騎士団、城などグラストヘイムだけが上級狩場の定番でした。
書いてみると、城の臨時がものすごく懐かしい・・・。

禿と本が難敵。OTL

というか、今も「臨時」という慣行はあるのでしょうか。呼称が変わってたりして。

騎士団はポピュラーでしたが、城は頻繁に行くものではなかった。難易度に比すれば、それほどリターンは・・・という狩場で、スリリングな体験を味わうために行くようなところがありましたから。


初期のマップ感覚としては、プロンテラ、ゲフェン、モロク、イズルード(伊豆)、アルデバラン(時計塔)、フェイヨンがあり、遠くにジュノーがあるのみ、といった具合。それにいま書いたグラストヘイム。炭鉱がどこの地域になるかはよくわからない。アルデのカプラ付近はなかなか雰囲気がよかった。BGMが静かでしたもんね。

ポタ屋さんいましたね!
通りすがりのプリさんに目的地のポタを出してもらうことも。
22 : 51 : 07 | ラグナロクオンライン2003~2008 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑

ラグナロクオンラインプレイ期間

ラグナロクのことを語るにしても、現役プレイヤーの方に今のラグナロクと比較されるのはまずい。
年で整理してみます。当ブログが語るラグナロクの背景が鮮明になりうると思います。

2003年
  |
2008年


ニブルが2004年8月実装ですか。
コンロン(2004)、ウンバラ(2004)、アユタヤ(2005)などアジア風のマップの実装が集中しています。他、アイン(2005)。
2005年に転生システムも実装される。

生体(2006)とタナトス(2006)
この二つがセットで目玉でした。この年のラグナロクはこれで盛り上がりました。当事者は語る。他、2006年はジュピロス、アビス、リヒタルゼンが追加されました。こう見ると2006年は大変革の年であったかもしれない。これらは転生職の皆々がこぞって、いくような狩場ですから。

ラヘルなどアルナベルツ教国の実装が2007年

直近のアップデートはモスコビア(2008)でしょうか。そこで時は止まった!
自分のブログでは、2008年9月にモロク崩壊のことが書かれている。
22 : 32 : 12 | ラグナロクオンライン2003~2008 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑

ラグナロク昔語り

 ラグナロクから離れて10年は経っている。
 原理的にはパソコンを起動し、アカウントを作成して、ログインしさえすれば、「ミッドガルド」に降り立つことはできる。
 ラグナロクを初めて始めたときイズに降り立った。右も左もわからず、近くにいたプレイヤーに話しかけた。こちらが全くの初心者であることがわかると、手ほどきついでにギルドにいれてもらい、日々ラグナロク指南を受けながら、このゲームにとけこんでいった。
 MMOはラグナロクが最初ではない。二番目だ。プリストンテールというゲームを友達に誘われるままにやりはじめた。ファイター、次にマジシャン。無料期間が終わりに近づくとともに辞めた。ラグナロクは全く一人で、近くのコンビニでウェブマネーを初めて購入し、はじめた。
 サーバーはビジョウだった。あとで知るところによると、ビジョウは「三期鯖」で新しいサーバーであった。加入したギルドの方々はフェンリルから移住してきた人達であった。初キャラは剣士であり、ディボーションが取ってみたくてクルセイダーにした。これが初二次職だ。それまでに長い時間が費やされた。転職するまでで充分楽しかった頃だ。
 ルティエのおもちゃ工場行きやゲフェンD2行きパーティーに潜り込めた。見知らぬプレイヤーとのパーティーにドキドキワクワクだ。なによりその場所をよく知らなかった。
 しかしディボーションはギルド戦用スキルであった。所属するギルドはいわゆる「まったり系」である。現実を知って、初キャラの成長は自然と止まった。むしろ心には、騎士のブランディッシュスピアのすごさに圧倒される感嘆の念が疼いていた。

 四つのサーバーを巡り歩いたことになる。
1 ビジョウ
2 フェンリル
3 サラ
4 アイリス

 間を置いて、フェンリルから再開、ほどなくサラに定住。
 サラでは初転生二次職になるロードナイトまで、騎士を楽しんだ。
 「最古鯖」と言われるアイリスが当ブログの主人公、サマル教授の住むサーバーだった。
 その後、ずっとラグナロクには触っていない。が、身体は覚えているものですね。
18 : 45 : 40 | ラグナロクオンライン2003~2008 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑

「機動戦士ガンダムエクストリームバーサス2」

 ゲームセンターに、自分でガンダムを操作できるゲームが昔からあった。
 一番初めは、好きな機体で、一人(もしくは二人協力プレイ)で、ステージをクリアしていくだけのシンプルなものだった。(対戦ができたかどうかは知らない。できたかもしれないが、人がやっているのを見た記憶がない。少なくとも、遊び方の主流ではなかったと思う。)ファーストガンダム、様々なシャア専用機(特に赤いゲルググはガンダムと双璧であった)とザク。連邦軍とジオン軍の極少数の機体だけが使えた。それで充分楽しかった。
 二十年前にはなるだろうか。
 時は過ぎ、舞台となるガンダム作品が、Zガンダム、ガンダムSEEDへと変わりつつ、作品にこだわらず「オールスター」のように各ガンダムのモビルスーツを全部取り集めたバージョンになった。(とうとう最後の手を打った、という感じはした。かつてのプロレスで言えば、全日と新日のレスラーの試合を解禁するような)この時は、はじめ以来ずっと遠ざかっていた私も再びレバーを手にした。
 現在のように、オンラインで対戦できるシステムではまだなかった。はじめのように一人で、あるいは友達と二人で、CPUを相手に楽しんでいた。時間が潰せればよかったし、変わりなく友達と協力プレイができればそれでよかった。
 MMOラグナロクオンラインのような「アップデート」の手法で、「新機体」が次から次へと「解禁」されるたびに一通り動かしてみたくなる。
 「エクストリームバーサスフルブースト」が出た。
 このあたりから完全に2ON2の対戦ゲームに変貌していった。ソロプレイヤーは肩身の狭い思いを段々するようになる。(現在にいたっては、1クレジットでは最後までCPU戦ができない。3面クリアすると不可避的にオンラインでの「シャッフル戦」をさせられる。)ソロプレイヤーは歓迎されざる者とまで成り下がった感がある。
 対戦に関心がないわけではない。古くはストリートファイターⅡ、そしてバーチャファイター2にのめりこんだ過去がある。
 しかし、どう見ても、にわかプレイヤーが参加していい雰囲気ではない。大型のゲームセンターでは「シャッフル戦」が活発であったが。
 雑誌「ゲーメスト」が公表するストⅡの、キャラ別相性を示す「ダイヤグラム」を熱心に読んでいた。対戦研究に励んだ。上手な人の動きを見学して、対戦研究に取り組んでいた。
 テクニックと読み合いに優れているプレイヤーは見ているだけでも楽しい。
 あれは、たしかフルブーストの頃だったか。新宿スポーツランド(通称スポラン)の対戦動画がニコニコ動画にアップされていた。対戦は全くといってしないのに、視聴に夢中になった。
 500人規模の大会が月一で行なわれていて、10人一グループの団体によるトーナメント戦が争われていた。
 見ているうちに、どの機体が強くて(匿名掲示板の「ランク表」など覗いていたものだ)、誰が上手いのかわかってくる。
 ウルフ使いの「ブンブン丸」に、サラ使いの「池袋サラ」、ジャッキー使いの「新宿ジャッキー」と、バーチャファイター2の頃からだろう、その名を轟かす有名プレイヤーが現れた。
 それと同じように、このガンダムのゲームでも、称賛や脚光を浴びるプレイヤーがたくさんいたのだ。
 以下、敬称略。
 リボーンズ使いのメイプル、それによしきが一際目立っていた。リボーンズガンダムがその時強かった。よしきは、ゼロに乗っていたか。「攻撃的」というコメントがつくように、畳みかける動きは群を抜いていて、素人目で見ても、真似のできないものに思われた。一人だけ違うのだ。「最強」と謳われたりもした。熱狂的ファンがつくのもわかる。
 しろあかも、そこで知った。メイプルと組んで、「低コ」をよく用いていた気がする。よしきと違って、「3000機体」にはあまり乗らない。「低コ」のほうが性に合うのだろう。被弾が少ないのが特徴だ。立ち回りに抜け目がない。どうと言われても、素人にはわからないが、とにかく相手の弾に当たらない。
 関西、名古屋、埼玉、横浜と全国から新宿に上手なプレイヤーが馳せ参じる。流れる動画コメントからそういう事情を知る。新宿に行った際、スポランに人だかりができているので、「今日はガンダムのあのゲームの大会なんだな」と思ったのが、リアル経験で、ただの「ニコ動」視聴者に過ぎないのに。
「覚醒」時の「この瞬間を待っていたんだ!」のかけ声とともに、突っ込んでいき、「ランダムシュート!」で華麗に飛ぶライカルJrのフルクロスは目が離せない。雪凪とともにフルクロ使いは貴重だった。
 ワトソンのゼロはワトソン的に極まっている。ゼロに触ったこともないのにそう思う。緻密な動きが持ち味だ。ゼロが弱体化されても、ゼロ一択。一時期、ゼロはみんな乗っていたが、ワトソンのゼロは追いかけるに値する魅力があった。
 ジオ使いで現れたのが長田ザクだ。「センス」と言われていた。どこに、そのセンスがあふれているのか、門外漢に深くはわからなかったが、ふわりと浮く高跳びに特徴があったように思う。
 昨今は機体数が多過ぎる。それに知らないガンダムばかりだ。
「低コ」がバンシィ一択の時は、機体性能を言い訳にできない緊迫感があった。 ノルンとマークⅡのミラーマッチあたりまでがよかったと思う。
 ゆいよしきペアは今でも覚えている。観衆は負けをゆいのせいにし、勝負の非情さを感じる。
 愛機はサザビーとハイニューだった。もちろんソロプレイでだが。
 環境はどこ吹く風、ハイニューを使い続けるGBHを密かに応援していた。ただのハイニュー好きかと思いきや、しろあかと組む猛者だった。

 長田ザクの動画に感化されて、ノルンにたて続けに乗ってみた。ビームマグナムがとても使いづらかった。弾幕は張れないし、満足に「ズンダ」すらできない。「特殊格闘」のアームドアーマー、撃ち上げで締めるコンボができただけで感動。

 書き足し
 全国大会のことにも触れたい。
 フルーブーストの頃、一観衆としては、このスポランの大会のほうが見応えがあった。こちらのほうがプレイヤー自身(と観衆)が主体となって盛り上がる大会だから。正式な大会は「外野」が混じっているように感じられた。スポランの大会のほうが純度100%なのだ。
 スポランに名を連ねる猛者が、結局、全国大会でも上位を独占する。スポランにはいない猛者が勝ち上がってくるのも面白いと思って見ていたが、あたかもスポランが実質上の「全国大会」らしく、そのような新星は現れなかった。
 プレミアムドッグファイト2019の決勝も、GBH・みねねペアvsしろあか・バーサーカー・少年ペアであった。みんなスポランで見たことのあるお馴染のメンツだ。
 今はYouTubeで彼らが上げる動画をたくさん見ることができる。最近も、ネンや長田ザクの初心者講座を見ちゃった。
 彼らがスポランでただの一プレイヤーとしてしのぎを削っていた頃が懐かしいかな、なんて。観衆の熱気も尋常じゃなかった。
 最近は「啓蒙活動」のほうにシフトしたのかな、なんて思わないでもないです。
 人のことは言えません。なんで?私はラグナロクをやらずにラグナロクのことを書いている(*´_ゝ`)。


*全国大会、「プレミアムドッグファイト(PDF)」はYouTubeで見ることができます。どんなゲームか、ご興味のある方はそちらをどうぞ。
12 : 32 : 13 | [実は力を入れてる記事]誰でも読めるRO雑文 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑

長い間が空きながら、書くことについて

管理人 suavis(スアビス)
東京都在住

ブログ名を「とあるサマル教授の・・・」から「ラグナロクオンライン見聞録(2003-2008)」に改変。

ラグナロクはずっとやってません。なのに、「サマル教授」の記事は愛おしい。「マグニ切れてますよ」「塩ください」という言葉すら懐かしい。その昔、プロの臨時広場で佇んでいた。かつての、臨時が終わった後の清算のガヤガヤした雰囲気はたまらない。「このカード、買い取りますよ、600kでいいですか」とお金持ちは言う。記事はまだ残しておきます。

サーバー別で示すざっとしたRO歴
一番目 ビジョウ  メインキャラは献身クルセ(Lv60半ば)、後に製造も兼ねた戦闘BS(Lv80前半)に移行。
二番目 フェンリル ハンター(Lv60台)。そしてローグ(Lv50後半)、それを作り変えたアサシン(Lv60)
三番目 サラ    AGI槍LKとサブキャラにINT支援プリ(Lv80前半)
四番目 アイリス  当ブログの主人公たるサマル教授

ビジョウからはじまり、休止期間を挟んでフェンリル、そしてほどなくサラに完全移住。LKまで育て上げた騎士がメインでした。息抜きにアイリスでセージをのんびり育てていたところ、そのセージがいつしか最後のメインキャラに。すべて2003年~2008年までのことです。これっきりラグナロクには触れていません。

また記事をアップし始めた当ブログの主旨としては、昔を知るプレイヤーが読んで懐かしめる文章です。そんなことあったよね、と。ただそれだけですw。ここ数年でゲームを始めた方にとっては、読んで、こんなことがあったんだな、と昔のラグナロクの知ってもらえれば。

 半分以上は跡地となっているリンクですが、いじっていません。当時をそのままに、という感じですね。あの頃の主要なアンテナサイトを知っている人にとっては、ラグナ情報を得る王道環境だよね、懐かしいなと思ってくれるはずw。




読書感想文はどうでもいい(小並感)。昔のラグナロク目当てにやって来た方は邪魔でしょう。中途半端教授だから本は読むのです。
11 : 15 : 00 | [導入]はじめに | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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プロフィール

suavis

Author:suavis
東京都在中。ラグナロクオンラインのブログです。元Iris、Sara、Bijou住人。一時期は読書感想文ブログに。はじめて訪れた方は「はじめに」をお読みくださいませ。リンクはフリー、コメントも歓迎しています。

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