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「エレGY」の感想文

こんにちは、suavisです。ROブログのくせに、あろうことか今回は単なる本の紹介です。場違いなことは重々承知しています・・・。と書きながら、実はそんなことたいして気にしていないじゃないかとも少々の自己嫌悪混じりに自分を疑ってたりもしますが(汗。ROネタを期待してた方には誠に残念ですけど、少しでも好奇心わいたなら続きをお読みください。


そもそもなんで本の紹介なんてするかといいますと、単純に自分が読んで面白かったからです。だから、他の人にも是非読んでみて欲しい、と。それだけです。

ではでは本題。今回ご紹介する本は↓。
「エレGY」泉和泉著 講談社BOX


簡単な内容説明
「講談社BOX発!最強のラブストーリー!! 「君のパンツ姿の写真が見たい!」。退屈で平凡な日常にうんざりしていたゲーム作家が、ブログについ書き込んでしまった一言。それが、彼女とのはじまりだった! 」(アマゾンの内容紹介)

「【講談社BOX新人賞・流水大賞優秀賞(第2回)】「よかったら、へんじください。へんじがこなかったらじさつします」 しがないフリーウェアゲーム作家の「僕」がネットの海で出会ってしまった彼女、その名は「エレGY」。破天荒に加速する“運命の恋”を瑞々しく描く。 」(オンライン書店bk1の内容紹介)




どちらの紹介文でも過激なフレーズが踊ってます。「パンツ」だの「じさつ」だの・・・。たしかに大筋で間違ったことが書いてあるわけではないです。「じさつ」のくだりはBOXの背にもプリントされてるものだし。しかし、ちょっとこんな紹介文では味気ないので、以下私なりに補足。


主人公は日々の生活に汲々として精神的な冬眠状態に陥ったフリーウェアゲーム作家「ジスカルド」(ハンドルネーム)こと「泉和泉」。そして未来が見えない閉塞感に陥った主人公の前に現れたのが、不思議な女の子「エレGY」。こんな二人の紆余曲折はらんだラブストーリーです。

・・・さらに味気ない紹介文が一丁できあがり、ですか。さすが素人紹介文、と自虐してもしょうがないので、もう少し続けます。

「エレGY」はリストカット少女です。「じさつ」のくだりももちろん「エレGY」の言葉。どんな女の子は多少想像できますよね。そして主人公もけっして順風満帆とは云えない煮詰まった人生を送ってます。こんな男女が出合って、ドロドロした暗い恋愛にでも発展するかと思いきや、でも全然そんなことない。「エレGY」の天衣無縫のはちゃめちゃな言動とそれをイヤイヤながら、あるいは喜んで受け入れる主人公との関係は暖かく読めますし、コミカルでサラサラしながらも薄っぺらな感じを与えない文体は、颯爽とした青春恋愛小説の趣きをこの本にもたらしているように思います。とにかく明るいです。暗くありません。ラストがまたスッキリとした味わいがあって最高です。

冒頭の「パンツ云々」の部分は、芸人風に評するなら「つかみ」と云えましょう。立ち読みして、心がつかまれたならどんどん読んでください。そういったことが苦手な方も、ここを少し我慢して読み進んでくれればと思います。(ちなみに私はつかまれたほう・・・!)

講談社BOXというレーベルからすればイラストなどがついてて当然な気もしますが、この本には著者のラクガキっぽいネコの絵しかありません。実は私が読んでみようと思ったのはそこが一つのポイントでありました。イラストがないのに逆にビビッときた。どっかのブログでも書かれてましたが読者を楽しませるためには、これは成功な気がしますね。読者の想像力を喚起するから。人それぞれの「エレGY」像ができるでしょうね、きっと。


以下、私の分析もどきの感想。ご興味ある方はどうぞ。

「見せ掛けに過ぎないと分かっていても、相対的価値の高いと分かっているものを利用する事で、センスや能力の無さをカバーするのだ。
そういう物を利用する事でしか生み出せない。
自分だけの絶対的な価値を探求し、それを表現する事から逃避している。
光を発している存在じゃない。
反射しているだけだ。
そんなやつは芸術家じゃない。」(p.247)


生活のために、プレイヤーにただウケることを狙ってゲームを作っていたら、いつのまにか失っていた「光」。しかしエレGYという存在によって、かつてまばゆく輝いていた光を取り戻す。この小説の骨子だと思います。

物語を前後半で区切るとしたら、Chapter2の「魔法解除」までが前半で、それ以降が後半。エレGYとの出会いから生まれたといってもいい新作「二人乗り」というゲームの創作過程で「光」が再び輝きだすも、泉和良はエレGYが「ジスカルド」という幻想に夢中になっているだけ、という疑念が払拭できずとうとう「ジスカルドの魔法」を解除して彼女を突き放そうとし、そして光がまた闇に閉ざされてしまう。

しかし、これは泉の大きな勘違いじゃないか!エレGYがしこたま買い物して泉の家に泊まりたかったのは「ジスカルド」も含めた「泉和良」という人間の素顔をもっともっと知りたくてとった行動だと思うですよね。既に彼女は「ジスカルドの魔法」から解除されていて、この「魔法解除」という節は泉自身が解除されただけなんじゃないと。なぜそう思うか。それは「二人乗り」に対するエレGYの感想メールから窺えます。

「じつは最近、いずみかずよしという宇宙人に会いました。
かっこつけーの変な人です。
その人ともときどき自転車で二人乗りをします。
この「二人乗り」のゲームをプレーしていると、いずみかずよしっていう人と出会えて実際によかったなーと思いました。
この宇宙人に連れ去られるのが今の私のゆめです。」(p.184-185)


この文面から、エレGYは既に「ジスカルド」ではなく泉和良という人間も受け入れはじめたことが推測できます。この感想メールが、泉のもう一つのHN「まゆお」宛てに書かれながらも、あえて泉の名を持ち出すのは既に彼女が「ジスカルド」と泉の二重性に気付いて、それでも泉のことが好きだ、と暗に言いたかったからかもしれません。「宇宙人」と茶化した形容は、まだまだ泉の実像はよくわかんないけどー、といった意味合いでしょうね。だから「ジスカルドの魔法」に囚われてるのは実は泉自身で、その滑稽さはエレGYの言葉を借りれば「かっこつけーな変な人」になるのかな。

大井町駅のホームでの喧嘩のシーン。「そろそろ飽きてきたでしょ? 僕に」と魔法解除をせまる泉に、エレGYは反論せず黙る。その沈黙は自己の推測の正しさを保障するものとして泉自身には回想されてるけど、でもそうでもないじゃないかと私には思えます。魔法などとっくに解除されていたエレGYのこの場面での反応は、たんに「この人はいきなり何を云いだすんだ・・・」という驚きとそして怒り。たぶん彼女は昔ジスカルドの魔法に魅せられ、泉に近寄りそして去っていったファンのことは知らないでしょう。だから彼女は、泉自身には合理的な理由があった彼の振る舞いも到底理解できず、ただただ呆然とするだけ。そして自分が抱えている泉への想いが理不尽に無下に踏みにじられたことに対して心底怒り(と失望)を感じたのではないでしょうか。それが腹部へのグーパンチであり、「うるせえ、いずみかずよし!」という罵倒。彼女が泉の名を発してるのは、ジスカルドも含めた泉という一人の人間と接してたつもりだったからでしょう。けっしてジスカルドという虚像に夢中になってるわけでも、ジスカルドの代替物として泉を求めているわけでもなく。

エレGYを突き放した泉。Chapter3ではその泉の苦しい胸中の吐露がつづられ、とうとうアンディー・メンテ閉鎖という事態をむかえます。


泉のフリーウェアゲーム作家としての苦悩と成長

「人と違う生き方は苦しい事ばっかりだぞ?」(p.238)


碁会所の先生にそう云われてしまった泉和良。

グダグダと自己卑下の泥沼にはまり、素直にエレGYを信じることができない泉和良が最後には彼女と愛で結ばれる、とこの小説を綺麗にまとめることもできますが、もう少し話しに寄り添ってみましょう。

物語の冒頭、「僕は、君のパンツ姿の写真を待ってます!」の爆弾発言は、泉がフリーウェアゲーム作家としての己の人生に限界を感じ、やけくそでブログに投稿したものでした。

「彼らとの繋がりもあったが、百を越えるフリーウェアゲームを一人で制作して、それらを生活のために公開しているクリエイターを僕はまだ知らない。
僕は常に孤独だった。今もだ。
ネット上のどこにも、お手本や見本は無い。」(p.97)


前人未到の領域を彷徨う泉は孤独である。「綺麗事じゃ食えないでしょっ」とは親友の小山田の言葉。小山田は泉の「数少ない」理解者であるが、それでも思わずそう諭してしまいたいぐらい泉の姿は世間から孤絶したものでした。カツカツ生活を打破する戦略としての「ジスカルドの魔法」。そのおかげで生活は維持できていたが、しかしその魔法によって得られたものは生活の維持以外に何かあったのだろうか。アンディー・メンテ草創期に泉を支えたユメは、「ジスカルドの魔法」頼みで創造性を失くしてしまった泉のもとから去ってしまった。ジスカルドは「天才」と誉めそやす熱狂的なファンも、ジスカルドの英姿と現実の泉との落差に失望し去っていく。「ジスカルドの魔法」は泉と他者との隔たりを広げるものでしかなかったのではないか、という疑いが泉を捉え己の分身ジスカルドも肯定できなくなります。誰も立ち入ったことのない地点へ「ジスカルドの魔法」を頼りに突き進むも、自分を守ってくれてたように見えたその魔法が逆に己を苦しめます。泉の苦悩は深いものでしょう。「お手本や見本」もない中、苦心して自前で作り上げた突破口さえ泉をボロボロにしていくのですから。

そんな泉の前に現れたのがエレGY。「ジスカルドも泉和良も、両方合わせておまえだろ!」と彼女は泉もジスカルドも両方肯定し、愛してくれました。そして暖かい愛の成就と共に、この物語には泉のフリーウェアゲーム作家としての前進がしっかり刻まれています。

Chapter4は3通のメールだけで構成されてる短い章ながら、この本を読んで本当によかった、と一番思える箇所で私は大好きです。そこから一つ引用。

「彼女のおかげで、気がつくことができた。
彼女から発する光の正体・・・
僕が捨ててしまった大切な物が、いったい何なのか・・・
それは、作品を作る上でとっても重要な物・・・、勇気だ。」(p.281)


そして最終章Chapter5。エレGYが、その「光」を具体的な形で泉の面前で披露してくれるシーンです。「光」に照らされた泉の言葉。成長の証。

「この時僕は、フリーウェアゲーム作家としての最上の喜びと、その誇りを理解した。
僕が真摯になって生み出す創作物は、たとえ金銭的に反映されずとも、そこに込められた魂が種となってネットの世界へとばら蒔かれる。
そしてそれは奇跡的に誰かのもとへと届き、心の道標や支えとなって、未知なる新しい息吹を生んでいくのだ。」(p.298)




エレGY
普通に読んでいれば誰でも分かりそうな事を蛇足で書いておきます。物語のキモで、もし見落としてしまうと味わい半減してしまうので・・・。

キモはChapter4で掲載されたエレGYが中学生の時書き送ったメール。そこで書き綴られた内容から、泉のパンツ見せて発言になぜ彼女がメールをよこしたのか十分に分かります。

「こんど魔物にさらわれてしまった私を、じすさんが助けにきてくれて、私と結婚するゲームを作って下さい。
いや、やっぱり魔物にさらわれたのはじすさんで、私が助けに行く方がいいかも。
いつもじすさんの作品に助けられているから、今度は私が助けにいくの。」(p.278)


彼女にとってアンディー・メンテは「私の全て」であり、「人生」であった。新作が全然発表されない、ブログで公開されるジスカルドの「低迷気味風」の文章などアンディー・メンテの刻々とした変化から、ユメとの失恋や長年蓄積された疲労とストレス、フリーウェアゲーム作家を続けることへの意欲の衰退など、泉の困苦を彼女は薄々感じ取っていたでしょう。そして「普段は、至って真面目な文章が綴られている良識のあるページ」に唐突に出現した場違いなパンツ見せて発言。ジスカルドの身にただごとではない事態が起こっていることを彼女は察知し、メールを送ったのだと思えます。中学生の時表明した約束の実行です。たんに泉に会いたい、というメッセージを伝えるだけなら、いつでもメールを送ることはできたのですから。


とはいえ泉に近づきたい、会いたい、付き合いたいという彼女なりの願望を果たすための一世一代の賭けだったこともたしかでしょう(「へんじがこなかったらじさつします」)。泉に接触できるならこの時しかない、と。まさか本当にパンツ画像を送ってくる女の子なんていないだろう、という読みが泉自身と同様に彼女にもあったのではないか。誰も送らず自分だけ送るのなら、自分に対する泉の関心は俄然高いものになります。メールにさりげなく「あと、まゆみさんは彼女いるんですか?」と書かれているんですよね。泉は華麗にスルーしちゃいますが。物語の大部分が、泉がエレGYに対する想いをいかに自重するか、そしてできなかったかに費やされるのでぼやけてしまうところですけど、エレGYもエレGYで泉に振り向いてくれなかったらどうしよう、と彼女だってまさに身を削るような苦しさが陰に陽にあったことに着目すればもっと面白く読めるかな、と思いました。そこもしっかり描写されてはいるんですけど、読者の視点は泉の胸中に寄り添いがちになる気がしましたので。いったん喧嘩別れした後半、泉がエレGYのメールを見ずに次々と消去してしまいますが、どんなメールが書かれていたのか、想像が膨らむところです。

エレGYの人間性が滲み出ているメールはどれもこれも最高です。最初のメールの「批判的な文体」をちりばめたユーモラスな叱咤激励(「わたし、今月のまゆみさんにはとっても期待してます」)。ネット越しでしか知らない男に自分のパンツ姿を見せちゃうようなぶっとんだ行動を起こす「強烈無比な性格」の女の子ですが、他方でメールの文面からはしっかりとした心の持ち主であることが伝わってきませんか?このアンバランスさが彼女の魅力を一層引き立たせています。たいして泉のメールは彼女のそれと比すればあまり面白くない・・・w。男なんてつまらない生き物、といえばそれまでですが。


2008/12/2追記
名曲紹介
「メーデー」BUMP OF CHICKEN
(YouTubeへのリンク)
この感想文を書きながら、繰り返し聞いていた曲です。
なんというか、あらためて聞き返していると「エレGY」にぴったりの曲だな、とつくづく感じています。

君に嫌われた君の 沈黙が聴こえた
君の目の前に居るのに 遠くから聴こえた
発信源を探したら 辿り着いた水溜り
これが人の心なら 深さなど解らない
呼ばれたのが 僕でも、僕じゃないとしても
どうでもいいことだろう 問題は別にあるんだ



出だしの歌詞です。最初の一文がもうキマッてますね!
自分に嫌われるという屈折した感情を持ったことが一度でもある人なら心に響く歌詞です。

「呼ばれたのが 僕でも、僕じゃないとしても
どうでもいいことだろう 問題は別にあるんだ」
じゃあ問題とはどこにあるんだろう、と疑問が生じましたが、ふとこんなこと思いました。

よく考えれば「沈黙が聴こえた」という表現はおかしいものです。沈黙とはすなわち無音。そんなものが聴こえるはずありません。でも聴こえる。他の誰でもない僕には聴こえてしまった。だったら「呼ばれたのが」僕じゃなかったとしても、聴こえてしまったからには僕は「発信源」に対して何かしなければならない、「君に嫌われた君の」沈黙を聴き取ることができた僕にはその責任がある。「問題は別にあるんだ」という言葉で、こんな決意をうながす感受性を表現したかったのかもしれません。

僕もまた同じ様に 沈黙を聴かれた
君もまた同じ様に 飛び込んでくれるなら
口付けを預け合おう 失くさずに持っていこう



二番のこの出だしの歌詞にもつながります。僕も「沈黙を聴かれた」、君を呼んでいたのではなかったとしても、もし聴こえてしまった君が「飛び込んでくれるなら口付けを預け合おう」。

そして曲の後半、その沈黙とは「祈るようなメーデー」だと明かされます。


その他、「分かち合えるもんじゃないなら二倍あればいい」という歌詞も印象的な曲でした。

テーマ:読書感想文 - ジャンル:小説・文学

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